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障がい児、障害者支援の基本的視線

ぶっちゃけ、自宅のパソコンは調子おかしいし、泣きそうである。まあまだ当事者と家族の相談に乗れるので精神力的には余裕ありだ。今日は社会福祉の仕事と現場のお話しである。

社会福祉の仕事・現場には、科学的な視点が欠かせません。科学といえば「理科系」を 連想される方も大勢いらっしゃると思います。でも科学は、化学や物理や数学などの世界 にとどまるものではありません。社会福祉は、生身の人間を相手にしているからこそ科学 的な視点が求められるのです。 そしてそれは、二重の意味を持っています。

第一は、人間そのものを科学的にとらえるということです。 動物でもある人間は、周りの様々な自然や社会とのかかわりで生きています。なぜ人間は 人間として、他の動物から区別されるのかを科学的にとらえることを通して、はじめて「人 間らしいくらし」とか「人間らしい生き方」とかの価値を問うことができます。また、人 間がこの世に生を受けてその生を全うするまでの間の、成長や発達についても、一体それ らの変化が何によって導き出されているのかを科学的にとらえることは、人類全体のこれ からの発展にとっても大切なことです。

第二は、人間が形成する社会を科学的にとらえるということです。私たちが日々身を置 いている「社会福祉」ということばには、「社会」という文字がつかわれています。この「社 会」というものの成り立ちを科学的にとらえることが大切です。 ひと昔前までは、障害を個人の問題に押し込め、社会は何の手助けも行いませんでした。 でも、障害への科学的な知見が広がるにつれ、障害は自己責任ではないという認識が広が り、障害福祉制度が拡充しました。また、「イエ」などの血縁集団の解体と核家族化などの 社会状況の変化も、そうした変化を後押しする要因ともなりました。このように社会の変 化や発展を科学的にとらえ、社会福祉の課題を社会的問題として把握することを通して、 みなさんの仕事や現場が担っている役割と発展方向を正しくとらえることができる。

こうした科学的な視点は、一朝一夕に身につくものではありません。先輩諸氏がそうで あったように、実践と議論の積み上げ、そして人間や社会に関わる諸科学の学習の積み上 げによって、身についていくものです。

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3.11「父へ」

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震災から6年が経ち、毎日の仕事の忙しさにあの震災での心象も社会の中では風が吹いて風化されてきている。私事だが、父の親兄弟は仙台の志津川東日本大震災により4人亡くしています。6年前の震災当日、横浜の消防団長である父は消息不明の兄弟家族の事は後回しで、第二の故郷である横浜の街の火消として動き回り、街の人々の安否に全力を挙げていました。自分の家族の事には一言も触れず、父の顔や表情には一切心配不安など見えず、不安も悲しみも語らず、ただただ、横浜の街の人の安否確認に追われていた。私的な印象だが、東北の人は優しくて、温かい。涙もろく、人情味豊かな人間味溢れる日本の土地だ。父に見える我慢強さと人情の東北気質は、現代の私達が失いかけている「背中で見せる父親の姿」を教えてくれた東北人の男の姿であろう。小さい頃によくあそびに連れて行ってもらったリアス式の美しい三陸海岸も、ぼんやりと柔らかい日差しを眺められる漁港も、港のウニもアワビも、毎日食卓に並ぶコシヒカリも、未だ6年を過ぎても食べる度に特別な感情を植え付ける。都会で言われていた復興の為のアベノミクスも東北の地で生まれた子供達の将来には未だ不安の源流だ。当時、横浜市から派遣され福島、仙台、岩手、青森と回り、深夜の高速を抜け、山の間を抜けた後に眼下に広がった、あの痛ましい光景は今でも心が痛む。復興の為に現地に入り、被災した人々と話す時、会話の中には決して語れない事実が眠っている。父は震災後暫くして胃癌で手術を受けました。心の震災は目に見えない病として、彼の生命を今でも蝕んでいると思います。一週間後の土曜日、あの日から6年目、午後2時46分18秒、世界中の人々が3.11を振り返る時間になると思います。変えられないものは変えない勇気を、変えれるものは変えていく勇気を出して誇れる地球へと育てて行きましょう。僕らの人生は成功と失敗の連続の中で幸せを見出します。同じように、あの震災の経験が誰の心の中にも未来の長い歴史の中で成功でもなく、失敗でもなく、経験として、個人、家庭、社会、国家の中に生き続ける事が次に生まれる生命の為に必要な要素だと信じています。あの時の日本人は本当に凄かった。世界に誇れる民族だって思いました。東京オリンピックが行われる4年後の日本も震災時に行動した日本の様に、世界により誇れる日本として進みましょう!

6年前、亡くなられた方の遺族の方々に改めてご冥福をお祈りすると共に、あなた方の意思を受け継いでいく事を一生かけてお約束します。そして、最愛なる父へ。

『人生で生きる男の姿を貴方から教わる事が出来ました。残りの人生も引き続きご指導願います。僕にとっては貴方が地球上で最大の師匠です。愛してます。』

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YDSC『不登校児童との関わり方』

長期にわたって欠席が継続する子どもに対しては、何よりも「関わり続けること」が大切であ り、「学校への抵抗を和らげること」「コーピングスキルを育むこと」が必要です。また、そのための手段として、教育支援センター(適応指導教室)やフリースクールなどでの支援、引きこ もりがちの子どもには家庭訪問相談の実施、状況によっては体験活動への参加など、子どもの社会的自立に向けて、適切な支援が図られるよう、様々な機関などとの連携を進める必要がある。 さらに、不登校の子どもが学校生活を再開する際には、校内の保健室や相談室などのいわゆる 「別室」を活用した登校支援の取組が重要となる。教室に復帰する前段階としてのステップが必要であり、各学校では、場所や体制の工夫をしながら支援に取り組んでいます。また、休みがちな子どもを、この「別室」での支援により、不登校にならないよう食い止めている学校の実践もあ る。

近年、社会構造の複雑化によって、子どもの不登校の要因は多様化、複雑化しています。また、 子どもの育ってきた環境そして価値観が個人によって異なるので、不登校の子どもに対する支援策を担任一人だけで考え、支援を実践していくことは、非常に難しい状況にある。そこで、 一人の不登校の子どもをチームで支援していくことが必要になってくる。そのためにケース会議でいろいろな意見を交換し合いながら、共通理解を図り、支援の方向性を決め、チームで分担 し、支援をしていくということが大切になってくる。 このようにして支援策を考え、あまり長くならない期間、例えば1か月程を目安に支援を展開し、効果が少しでもあるようなら継続を、効果が全くないようなら別の支援を考えるということ が実践され始めている。

P.S 明日は朝から保護者会。終わったら練習場行きたい(^_-)-☆

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YDSC『不登校の未然防止』

不登校未然防止については、各学校が魅力ある学校づくりに努めること、子どものコミュニケーショ ン能力を高めるための指導など、学校内における教育活動全般を通した取組の充実が必要となる。 また、最近の社会環境の変化やそれに伴う子どもの変化などへの対応を考え、支援教育の理念に基づく子ども理解及び教育相談コーディネーターなどを中心としたチームによる教育相談体制の充実も大切だ。 学校が行うべき未然防止で重要なこととして、

第1に「子どもにとって学校を居心地のよい場にすること」

第2に「嫌なことを乗り越え、つらいことを上手にしのぐ力(コーピングスキル coping skills)を育むこと」

第3に「互いに支え、助け合える関係を学校や学級につくること」です。

第1については、子どもが自分の学級や学校で「認められている」「自由に話せる雰囲気がある」「安心していられる」と実感できているかどうか?

第2については、「社会性」「耐性」を育むことの重要性があげらている。

第3については、まず、一人ひとりの子どもが教員に対して「自分を支えてくれている」存在として信頼を寄せているか?子ども同士がお互いに「支えあう存在」として信頼し合えるよ うな関係を築いているか?ということだ。その関係をさらに「絆」として強め、集団を高めていくことは、教員の役割としては大変重要になってくる。これらの取組は、学校が行うべきものであり、教員にしかできないものだ。 さらに、市町村レベルで考えれば、いわゆる小学校から中学校へのつながりを考えた「中1ギ ャップ」への対策に代表されるように、子どもの発達段階に応じた適切な指導及び支援が必要になる。就学前から小、中学校、その卒業後も見通し、一貫性のある指導や支援を考えることは、未然防止に欠かすことができない。

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P.S 今日は週末なので、思う存分体を動かした。気候と同じで体調も絶好調。このまま新学期へ良いスタートを切りたい。

YDSC『生徒に必要な支援の3段階』

子どもたちにどのような支援が必要なのかを考えるとき、学校心理学で説明されている3段階の心理教育的援助サービスの考え方が参考になる。

一次的援助サービスとは、「全ての子ども」の援助ニーズに応じる開発的、予防的な活動だ。 例えば、入学時や進級時の学校生活の適応への不安など、全ての子どもが共通して持つ援助ニーズに応じるため、新年度、丁寧にガイダンスを行ったり、保護者説明会を行ったり、望ましい人間関係づくりができるよう構成的エンカウンターグループを取り入れたりするなど、担任らによる日頃の教育活動がこれに当たる。

二次的援助サービスは、配慮を要する「一部の子ども」のニーズに応じて、一次的援助サービ スに加えられる援助のことを指す。例えば、友だちとのことでつらい出来事があった子どもに対して、学級環境の調整(席や班を決める時の配慮など)を行うことで、子どもの苦戦していることが、今後大きくなるのを予防することを目指すものだ。

三次的援助サービスは、特別に個別の援助を必要とする「特定の子ども」に対する援助サービ スのことである。例えば、長期欠席中の子どもや障害のある子どもに対して個別の教育計画に基づいた援助を行うなどの活動で、 このように、子どもに対する援助を、不登校、いじめなどの行動で考えるのではなく、子ども のニーズの程度に応じて3段階に整理して、支援を考えていくのが基本的なステップである。

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相談支援事業のご紹介『地域における相談支援』

基本相談支援業務を通じて、地域における相談の傾向性を見極めていくことがソーシャルアクションにとって重要です。 具体的には、障害種別で目立ってきているのは身体障害か、知的障害か、精神障害か、その他 か、相談の内容で目立ってきているのはどのような事例か、高齢の要介護者も含め、家族の多く が何らかの支援を必要としている困難家庭の事例か、児童に関して虐待や不登校等の児童相談所 とも連携が必要な事例か、親族に主たる支援者がいない孤立した障害者の事例か、日々の相談支援業務において、相談の傾向性をつかんでいくことが重要です。

このプロセスにおいて、例えば、「発達障害、あるいはグレーゾーンの子どもの相談や登録が急増している」「不登校や引きこもりの相談の中に、発達障害からくる社会性の苦手さから起因する相談が増えている」「学校や保育園の関係者から、発達障害の事例についての問い合わせや相談、 アウトリーチの要請が増えている」というように、「発達障害」に関わる相談の増加傾向を認識した場合、相談支援専門員には、「発達障害」の課題を関係機関それぞれの個別の課題に留めておく のではなく、関係機関を超えた地域全体の課題として認識を共有化させていくアクションが求め られます。

その際には、相談支援専門員には、アクションを実効的なものにするための地域アセスメント の力が求められます。具体的には、課題認識の共有がまだ一部の関係機関に留まっているのか、 新聞報道等でも特集が組まれるほどに関心が寄せられ、地域の住民にも課題が共有されているの か、また、市町村議会で議案が提出されていたり、市町村の首長レベルにも課題が理解されているのか、的確なアセスメントが求められるのです。

また、そのアセスメントに基づいて、自立支援協議会の部会の主たるテーマとして「発達障害」 を提案していく必要があるのか、課題として認識し始めた関係機関のキーパーソンに集まっても らい実行委員会を組織してフォーラムやシンポジウムを計画することが有効なのかなどを見極め、 具体的なアクションを起こすことが求められています。

このような取り組みは、精神障害高次脳機能障害、医療的ケアの必要な重症心身障害等の領域においても、地域での課題の共有化の熟度をみながら、時機をとらえて行うことが期待されます。

一方、計画相談支援業務の中で、日々開催されている個別支援会議からも、地域課題のヒント が数多く顕在化してきます。関係機関が集まって話し合われる個別支援会議において、関係機関の連携と協力によって、課題が解決することもあれば、宿題として残される場合もあります。その際、当事者から寄せられた課題を、関係機関が同じ場で課題として共有化できることが、個別 支援会議の果たす役割ともいえます。

たとえば、Aさん、Bさん、Cさんのいずれの個別支援会議からも、「地域の公共交通機関の脆弱さから、移送サービスの資源が不足している」という状況が明らかになってきた場合、個別支援会議に参加している関係機関の実務者は、この課題を、Aさん、Bさん、Cさんをそれぞれ支援することで済ませてしまうのではなく、同じような状況にある多くの当事者の課題として共有化する必要性を感じ、この課題を、いかにして機関の実務者レベルから、管理者レベルまで、さ らには、地域の住民レベルまで広く共有していくか、地域アセスメントに基づいたアクションが求められます。

とりわけ、相談支援専門員には、こうした課題を関係機関が地域として解決すべき課題として提案し、その解決に向けて、自立支援協議会での課題プロジェクトの設置、要綱改正、制度のスクラップアンドビルド、新たなサービスや資源づくりに向けての具体的な取り組みが求められます。 先ほど取り上げた移送サービスの資源不足を例にとれば、自立支援協議会に移送サービス検討 プロジェクトを設けたり、地域の福祉有償運送協議会に要綱改正の働きかけをしたり、障害福祉サービス事業所や介護保険のデイサービス事業所等の送迎車の有効活用が図れないか検討したり、 市町村で取り組まれているデマンド交通も含めた、地域公共交通のあり方を話し合うフォーラム等を企画したりといった、実効性ある取り組みが求められます。

同様に、医療的ケアの必要な重症心身障害者に対する身近なショートステイの資源不足、障害者のアパート等を含めた生活の場の不足、精神障害者に対する訪問看護サービスの資源不足等、 個別支援会議を通じて、関係機関が「何とかしなくては」と強く共有化した課題について時機をとらえたソーシャルアクションが必要となります。

このように一人の生活困難を伴う援助には多くの人の力と知恵が必要になる。アウトリーチ含めたソーシャルワークとは個人の持つ資源と、社会の持つ資源とのすり合わせが重要な任務になってくる。

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YDSC『障害の定義』

一言に障害って言っても様々な解釈がある。ではざっくばらんに何をもとに障害という定義を付けるのかみな考えたことがあるのではないかと思う?一般に障害は二つの側面を包括したうえで論じる差異の現象であるといえる。

『医学モデル』

医学モデルとは、障害を引き起こすものは病、トラウマ、その他の健康状態を起因とする個人の問題をして扱い、そのために専門家が個別に継続的な治療を施さなければならないものという考えである。このモデルでは、障害の管理とは「治療」もしくは「ほとんど治療」または効果的な治療へと繋がる個人に対する調整や行動の変更を目的としている。ここでは、医療が本題であり、政治的な意味では統計解析がヘルスケアに関する政策へ改革を促すものになる。

社会学モデル』

障害に対する社会モデルとは、「障害」の問題を社会的に発生したものと捉え、個人が社会へ全面的に適応する際の課題とみなす。このモデルでは、障害は個人に帰する問題ではなく、様々な状態が絡み合った複雑さとして受け止め、多くは社会環境から発生していると考える。従って、この問題と向き合うには社会活動が求められ、人々が障害者と社会生活全般の場面で供に生きられるような環境を整備する社会全体の集団責任となる。この問題は文化とイデオロギー双方に関わり、また個人、共同体、そしてより広い社会の変化が必要になる。このような点から、減損や障害を持つ人々の機会平等は、重要な人権問題ということになる。

この様に障害と定義する際には、医学的な生物学的な因子と、環境に起因する社会学的な因子の両方から考えなくてはならない。個人の健康や幸福を考える際には、両方の因子がバランスよく均衡がとれている状態がベストであり、どちらの一方がバランスを崩した際にも、その負担を支えられる社会構造が基盤にあることが全体性の幸せの質の向上には不可欠である。

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P.S 今日の締めは写経。内観療法は優れた精神統一方法で、写経を通じて行う内観療法行動療法であすが、かつ認知療法です。適切な知識があって長期的に用いれば確実に行動変容へと変化していきます。「反省→ざんげ→感謝→報恩」という変化に自分を導いてくれ、自己洞察が与えられている恩や、愛の大きさに感動して安心する。それが内観で、自分にとっては写経です。